○3月15日(月) 第540回 ○ソング:それでこそロータリー○行事:内部卓話(担当 社会奉仕)
○3月8日(月) 第539回 ○ソング:我等の生業○行事:内部卓話「法句経」182番 命ありがたし (担当 職業奉仕)
○3月22日(月) 第541回 ○ソング:手に手つないで○行事:内部卓話(担当 社会奉仕)
皆様、こんにちは。3月に入ったというのに雪がちらついたりして、寒い日が続いております。暖かい春が待ち遠しい限りです。 本当ならば、私と杉江さん、武藤さん、柳原さん、日比さんの5名で金曜日から台北に行く予定になっており、今日その報告ができると思っておりました。当日の朝、私の自宅へ集合し、車に乗って勇んで出発したのでありますが、結果的には飛行機に乗ることができませんでした。小牧から高速に乗り、名古屋高速に乗り換えて空港まで行くつもりでしたが、その日に限って名古屋高速で4ヶ所、5ヶ所と事故が発生しており、名古屋高速が全面通行止めになってしまいました。我々の車は高速道路の渋滞の中、身動きが取れない状態になり、飛行機の出発時間に間に合わず高速道路から乗るはずであった飛行機を見送ったという状況でございました。代わりのチケットを手配しようともしましたが、到着時間が夜の7時半になるといわれましたので、それでは式典も終わってしまっていて何にもならないということで、キャンセルすることに致しました。その瞬間、私の頭に台北へのお土産を預かった田下さんの顔が浮かびました。今日、そのお土産もそのまま持ってまいりましたが、返品がきかないと言われましたので、丁重なお詫び状と共に台北サンシャインクラブに送りたいと思っております。また、当日は行けないと分かった時点で即座にサンシャインクラブの会員の方にも連絡をとったり、事務局の方からもあちらの会長さんにファックス及び電話をいれていただきましたので、事情はご理解いただけたものと思っておりますが、誠に残念なことでありました。 あのような特殊な事態になったときに、どういった反応をするかということで人間がよくわかるもので、いろんなパターンがあると思いますが、先日の5人に関しては皆非常にプラス思考だということがわかりました。「こんなことがあって飛行機に乗れなかったということは、行かない方がいいということなんだよ。多分あの飛行機は落ちるよ。」 と言っておりましたが、そんなことがあるわけはなく、快適なフライトであったようです。 しかしながら、起きてしまったことをごたごた言うのではなくプラス思考に考えられたことは素晴らしいことですし、小牧でおいしいコーヒーを飲んで楽しく話をして帰ってきました。寂しいような嬉しいような出来事でございました。
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◎横山栄祐会員卓話 何をお話させていただこうかと悩みましたが、今日は仏教の話で「法句経」についてお話させていただこうと思います。 日本は仏教国でございますが、仏教が発生したのは紀元前500年、パキスタンで始まりインドへ伝えられたと言われております。仏教は労働せず、托鉢をして生活する小乗仏教と労働を許される大生仏教とに分かれ、中国で広がった大乗仏教が日本へ伝えられたと言われております。 この「法句経」はブッダが生前に話した言葉を集めたもので、私も以前NHKで放送されているものを見て、興味を持ち勉強しようと思ったのです。仏教には五戒というものがあり、1番目に殺生をしてはいけないと謳われています。同じようにキリスト教には十戒というものがありますが、1番目は自分の神を信じなさいというもので、殺生に関するものは6番目に謳われています。仏教はそれだけ、生き物を殺してはいけないということを大事にしていたと言えるでしょう。 では、「法句経」182番を紹介したいと思います。 「人の生をうくるはかたく やがて死すべきものの いま生命あるは在り難し」 人間としてこの地上に生をうけたことは、めったにありえない在り難いことである。しかも、やがて死すべき者が、今生命を持ち続けていることは、まことに尊く在り難いことである。 もし、あなたに活力があり、難問題の解決力があって、つまらぬ妬みやそねみなど笑い飛ばし怪しげな守護霊などに頼らず、生き生きと生活しているなら、それは「人の生をうくるは難く、生命あるは在り難し」の聖句の姿だといってよいでしょう。釈尊が四十五年間説きに説いてこられたのは、この「生をうくるは難し」の思いに到達して欲しいという願いだったのです。なぜ人々は何百億という生物の中で、自分がこの世に尊い人間生命をうけたことを「在ること難し」、めったにありえないことだと気づかないのだろうか−その自覚のために「老と死」の残酷な刃を突きつけてこられたのです。 「あることかたし」とは、サンキューでもメルシー、ダンケでもありません。「在ること難し」−人間としてこの世に生まれたことへの不思議さと、「容易なことではない」「なみたいていのことではない」という感動を表しているのです。 私たちはふだん、人間として生まれてきたことにさほど深い想いをめぐらすことはありません。ごく当たり前のことだと思っています。だが、夏の夜、火に向かってバタバタと死んでいく小虫や、と殺されていく家畜、跳ねながらやがて死ぬ魚などを見ているとき、ふと、その無知と薄命を感ずるでしょう。そのひとつひとつが人間と同じ生命を持っていると思うと、哀れさを覚えてくる。そのときです。人間として今自分が生きている不可思議さ、命運、希少性の尊さに気づき、「在ること難し」の生存の喜びをもつのは。自分という人間とのめぐりあいに驚き感動する思い、といってもよいでしょう。 今、手もとにアメリカの作家にもらった「父の言葉」があります。息子に、人間として生まれた以上これだけは守って欲しいという父の願いです。 「一生懸命働け、そして家族を守り、家族の世話をしろ。自分の欲望よりも責任が先だぞ。誰かが必死になって闘っていたら、よく話を聞いてやって、そいつの手を握ってやれ。誰かが意見を求めていたら、はっきりと言ってやれ。真実が味方を求めていたら立ち上がれ。人生は決して稼ぎや勤めだけではない。このことは、お前がどんな組織や団体にいても、村でも町でも隣近所でも、それは同じことなんだ。たった一回の命なのだぞ。父の言葉」 素晴らしい言葉です。人として生をうけた「在り難さ」。「どうやって今日を生き、人間として何を為すべきか」、その「生きる喜び」を訓した見事な父の手紙です。息子さんは幸せです。 私たちはわが子の誕生を喜び、嬰児の生命の躍動と美しい笑顔に感動する。人間としてこの世に生まれためぐりあい−この感動を忘れてはならない。聖句は釈尊の人間生命観を滋味豊かに語りかけているのです。 以上、これは「法句経」423項目のうちの一つで、他にも素晴らしい話はたくさんあります。法華経よりもわかりやすい文章ですし、枕もとにおいて毎日一つずつ読んでも後悔はしないものだと思います。 私は、自分の知恵を少しでも皆さんに与え、また皆さんの知恵を私がいただけたらいいなという思いでロータリーに入会しました。今後もプラス思考でもっともっと前向きに勉強していきたいと思っておりますので、一緒に頑張りましょう。
会長・篠田伸実 会長エレクト・副会長・杉江正光 幹事 高橋陽一 会報委員長・生信良雄