WEEKLY REPORT | 第893号 No.10 2012年9月24日 |
奉仕を通じて平和を Peace Through Service |
前例会の記録 | 本日のプログラム | 次例会の予定 |
○9月8日(土) 第892回 ○行事:I.M. (岐阜グランドホテル) (担当 会長・幹事) |
○9月24日(月) 第893回 ○ソング:我等の生業 ○行事:観月例会(夜間) (担当 出席・親睦) |
○10月1日(月) 第894回 ○ソング:君が代・奉仕の理想 ○行事:岐阜城RC合同例会(2名) (夜間) (担当 会長・幹事) |
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I.M. (担当 会長・幹事) | |||||||||||||||||||
◎講演会 講師:高家寺 住職 北川宥智様 密教では、中心仏である大日如来の周りに、アシュク・宝生・阿弥陀・不空成就の四仏が配され、それぞれが、真理をありのままに映す大圓鏡智、各価値を認め公平な視野を司る平等性智、智慧と慈悲による仲良く平和であることを示す妙観察智、あらゆる物に利益を与えるように行動することを示す成所作智に対応します。これはまさにロータリアンの指針である四つのテストに繋がるもの。江戸時代の大名で、これを実践した人物が、尾張七代藩主徳川宗春でした。 従来、八代将軍吉宗と対立したと言われてきましたが、実際は吉宗と宗春はとても仲が良かったようです。しかし、天下泰平を願う吉宗に対し、吉宗の幕閣たちは幕府の安泰こそが天下泰平と解し、庶民を圧迫しても幕府の財政を豊かにし、あらゆることを幕府の意思どおりに動かそうと懸命になって行きました。それに対し、宗春は庶民のための政策に取り組みました。祭を奨励し、庶民と上級武士の交流を促し、三つの遊廓を承認、商人との会合など、規制緩和政策を進めました。また当時の大名としては異例のマニフェストともいえる『温知政要』という著述を作って上士に配布し、倫理観のある生き方を尾張藩に浸透させました。当時は日本中が沈滞していた時代でしたが、尾張藩領だけは全国でも活気に満ちた場所となり、人々も笑顔が絶えなかったと言います。 長良川や木曽川流域のほとんどが尾張藩領であり、金華山も尾張の殿様以外は入山が許されていない御留山でした。宗春も他の藩主と同じように岐阜を訪れています。この宗春の岐阜巡行は岐阜の街を一転させました。提灯を街や長良川河畔の各所に飾られ、長良川で打ち上げ花火を行い、前代未聞の人が岐阜の街に集まり、このとき岐阜の街は尾張藩第二の町として大きく賑わうようになったそうです。 宗春は、若き日は出世して行く兄の影で辛抱の日々を送り、八代将軍吉宗に見出されてからは誠を通した政策を行い、朝廷問題で隠居した後は悠々自適の生活を送り、死した後には彼の政策が全国的に行われていきました。 利他行すなわちサービス(奉仕)人生を送った尾張七代藩主徳川宗春、まさに江戸時代のロータリアン。彼の人生は私たちに多くのことを教えてくれています。また、宗春を追うとなぜかあらゆる御縁と繋がっていきます。手と手を取り合い、平和のために進んでいければ幸甚です。
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2012-2013週報/年間行事予定 | |||||||||||||||||||
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